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隠し事のない人はいますか?

僕たちが忘れがちなことについて話そう。
話す上での都合上、ここで聞いてくれているあなたを、
女性だと思って話し進めることにする。
それも、僕の趣味として、とびきり素敵な女性だと思うことにする。
あなたも無理やり、僕のことを、まあまあ素敵な男性だと思い込んでください。
想像力は、大事です・・・。

僕とあなたが、夜の公園にいるとしよう。
そして僕が、夜空に浮かんでいる月、僕たちの真上に浮かんでいる満月を、
指し示したとする。そこで僕は、あなたにこう問おう。

「何が見えますか?」

あなたはきっと、こう答えるだろう。

「月が見えます」

そこで僕は格好つけて、次のように言って、思い出させるようなことをしたいと思う。
それが僕たちの、忘れがちなことだから。

「月と、空が見える」

まったくそういったことを、僕たちは忘れがちだ。
僕たちはそのようなとき、輝かしい月と共に、輝かしくない夜空を見ている。
それは当然だ。しかし僕たちはそんな当然のことに対して忘れがちで、
時折盲目ですらあったりする。
僕たちは、まったく迂闊(うかつ)な者たちであるから・・・。


僕自身、恋愛系のサイトを運営していることもあって、
そのような関係の相談を受けることが多い。
つい先日も、僕は次のようなメールを受け取った。
僕はこのようなとき、先に示した「月と空」のモチーフを、
思い出さずにいられないわけだけど。

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> 先日、ある男の人に告白しました。
> 彼のことが好きで好きで、しょうがなかったからです。
> 告白したら、彼は喜んでくれました。
> 彼としても、私のことは、ある程度気に入ってくれていたらしいのです。
> ところがです。
> 彼には彼女がいたのです。
> そして彼が言うには、その彼女とは、あまりうまくいってないらしいのです。
> そして彼は、私にこう言いました。
> 「今は彼女いるけど、君のことも結構好きだよ。だからこれからも、仲良くして欲しい」
> そして彼は、私を抱きしめました。
> 私としてはその時、嬉しい反面、なんだか腹立たしくもありました。
> 彼にとって私とは、なんなのでしょうか。
> 「彼女の代わり」なのでしょうか。
> そして彼は、週末に会おう、と言い、デートの約束をしました。
> 私はそれを、受けました。週末、彼とデートします。
> 私はもしそこで、彼に体を求められたら、どうすればいいかわかりません。
> 遊ばれているのでしょうか。
> そう思うと、なんだか腹が立ってしょうがありません。
> でも、彼のこと、好きでもあるんです。
> どうすれば、いいでしょうか。

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このような場合、「彼」について、倫理的・道徳的に断罪するのは、
いともたやすいだろうね?彼が清廉潔白でないのは、明らかなのだから。
そしておそらく、これに対するリアクションとしては、
7割の人が「遊ばれるからやめとけ」三割の人が「とりあえず様子をみるべき」
といった具合になるだろう。
これは誰だって薄々、そのようになるだろうと、
前もって知っているのじゃないか?一々の、議論を待たなくても・・・。

しかし、果たしてこの場合、本当に必要なのは、
倫理とか道徳とか、そういったものなのだろうか?
僕として、それは違う、と感じられてならない。
ここでは、話の主題をあなたに移して、また話しやすくしよう。
あなただって、似たようなことにぶつかることは、あるだろうから。

状況を整理してみよう。
あなたは告白によって、彼に接近した。
そして彼から逆に、性的なアプローチを受けた。
それは同時に、彼が清廉潔白でない、ということを発見したわけでもあった。
そしてそれが、「どういうつもりなの」「遊ばれるのじゃないか」といった具合に、
あなたには腹立たしく思われたわけだ。
そのような腹立たしさは、一見すると、当然の反応であるようにも見える・・・。

しかし、ここで一歩立ち止まって、次のことを考える必要がある。
―――あなたとして、本当に清廉潔白である人がありえると、
本気で思っているのだろうか?あまつさえ、自分こそがそうである、とも?

彼が、清廉潔白でない一面を持っているということは、
むしろ当然のことではないだろうか?
彼がそのように、輝かしくない一面を持っていることは、
彼が人間であり、若さもあり、未熟さも持っている以上、
極めて当然のことなのではないかと、僕などには感じられてならない。
そして僕たちはしばしば、そういった当然のことを、忘れがちなのではないか?
特に恋をすると、盲目的にすらなりうるのではないか?まったく、迂闊なことに!

男女いずれとも、清廉潔白でありえる人などいない。
もしいたとして、僕としてはそのような蒸留水じみた人間はイヤだ、関わりたくもない。
あなたの想う彼が、人間らしく、また若さや未熟さも持っていたとする。
彼には性欲や、ふしだらな気持ちもあり、一方では、人を純粋に好きになる、
人を思いやるといった気持ちもあるだろう。
それが彼の中で綯い交ぜ(ないまぜ)になっていたとして、
それが取り立てて責められるべきことだろうか?
むしろ、そのようなことが当然であると、
僕たちが心構えをして臨まなかったなら、
僕たちのほうが迂闊なのだとすら、言いうるのじゃないか?

僕自身として、人は、善悪や聖俗を、矛盾をはらみつつ、
綯い交ぜにして持っている、そのような全体性のあるものとして捉えられるようでありたい。
そしてその上で、やはり全体性としての美醜を、僕たちは見極めうるのではないか?
そしてそのような態度でこそ、僕たちは、薄っぺらで不毛な恋愛から、
脱出できるのでもあると、僕などには思われるのだけれど・・・。

彼女に一途でありながら、不意の暴力に晒されたとき、
走って逃げ出してしまう男がいる。
浮気性でありながら、妻の大病に際して、一千万円の医療費について、
任せとけ、俺たちは夫婦なんだから、と逞しく支えることが出来る男もいる。
前者における全体性は、純粋かつ臆病であり、後者におけるそれは、
不道徳かつ厚情である、ということになるだろう。
それは安易に、是非や良し悪しを断じえないものである。
その全体性を看取(みと)ったとき、それぞれに対して
どのように美醜を感じるかは、僕たちそれぞれの、個性に依(よ)ってくるだろう。

さてあなたに、抗いがたく好きだと思える人がいたとして、
その人をその全体性において捉えようとする心構え、準備はできているだろうか?
彼には人を一途に想う心があるかもしれないし、
一方ではただたくさん女を抱きたいと思う心もあるかもしれない。
それは彼において、どのように保たれ、どのように現れているだろうか?
それを全体において看取ろうとする態度、その全体性の美醜を
自らの個性に基づいて感じ取ろうとする態度で臨まなくてはならない。
そしてそれはまさしく、月と共に空についても見ようとする態度に他ならないのだ。
また、蛇足ながら、そのように人を全体性において捉えるということは、
自分自身の全体性について見極めることによっても為されるのだ、と言い添えておきたい。
そのことをもって、この話の結びとしよう。
いささか、長くもなった・・・。

さて、全体性という言葉と、月と空のイメージ、
これがあなたにとって、いつか何かの役に立つことを祈ります。
先のメールにおいての女性が、悲劇を回避しうるようにも・・・。
月はきっと地球のどこからでも見えるでしょうから、あなたの好きな男性と、
またどこかで、このような話をしてみてください。
そのように偉そうに言いながら、僕自身、
実のところあなたが想像してくれたような素敵な男性では全然ないので、
女性に向けてこのような話を、格好よくする自信が無いのですけどね。


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